それでもいいと Prologue



「失礼します。」

たしぎは船長室をノックすると、静かにドアを開けた。

「どうした。」
顔を上げることもなく、スモーカーは昼間と変わらぬ姿で
机に向かっている。

「あの、コーヒーを。」

遠慮がちにたしぎがカップの乗ったトレイを差し出すと
ようやくスモーカーはたしぎの方を見た。

「あぁ。」

スモーカーはカップを取り、湯気の立ちのぼるコーヒーを一口すすると
小さく旨いなと言って、椅子の背もたれに身体を沈み込ませた。

「スモーカーさん、何か問題でも起きたのでしょうか?
 ここ暫く、ずっとそんな感じで
 部屋にこもってるので、なんだか心配で・・・」


「そうか。」

スモーカーは首をぐるぐるとまわすと、再び旨そうにコーヒーをすする。


「心配無用だ、たしぎ。」

そう言って、たしぎを見つめるスモーカーの顔は
いつもと変わらず、自信にあふれていた。



バタン。

たしぎが部屋から出ていくと
スモーカーは、大きく息を吐き出した。

いけねぇな。

たしぎに指摘されるなんて、相当だな。

右手で眉間を押さえる。

いや、そうでも、ねぇか。
たしぎの見聞色もあなどれない。
・・・ここら辺が、決め時かもな。

スモーカーは、盗聴防止機能のついた
電伝虫を取り上げた。



*****


自分の部屋に戻ったたしぎは、寝る支度を整え、
ベッドに入った。


スモーカーの答えに、心配はいらないと自分に言い聞かせるが、
閉じた瞼に上司の顔が浮かぶ。

紫煙の間から覗く、深い鉛色の瞳は、
大きな嵐の前触れを告げる暗雲のようだった。


ぶるっと震える身体を、たしぎは思わず抱きしめた。

どんな事が起こってもスモーカーさんと一緒なら、
これまでも、これからもきっと大丈夫。


大丈夫・・・


魔法の呪文のように繰り返しながら、たしぎは眠りについた。







<続> 




H26.7.5